この時代に知る「身近マーケティング」入門

自然・歴史ロマン満喫の湖北の旅

Post2010.08.10    Category湖国の紹介

びわ湖・湖北地域は秋になると多くの渡り鳥が飛来して冬を越す。

オオヒシクイ、コハクチョウ、カモ、ガン、等々さながら湖面は野鳥の楽園と化す。

当地で飼育され食に供されるマガモも自然に近い環境で育てられ出荷されていて、鴨の里の会が造る「真鴨ロース」は特産品として人気が集まっている。




ご存知のとおり、滋賀県は緑豊かな山並みと広大なびわ湖を持つ湖と森の国である。



又、日本歴史の創成期から、古代、中世代、そして近代へと時代が変遷する中において、滋賀県近江の国は常に歴史の回転軸であり続けた。

「近江を制する者は天下を制す」

功名を求め、栄華を競った者たちの夢の跡に出会える。

特に湖北地域にはその原形が多く残り、今でもその足音が聞こえて来そうでもある。





湖北の湖岸道路をドライブするとき車窓から見る夕日の残照・・・

湖面にキラキラと輝く光の帯には畏敬の念にも似た荘厳な雰囲気が漂う。

そして目の前に広がる湖面の風景の美しさに思わず息を呑み、感嘆の声が漏れる・・・





滋賀県湖北地域、長浜市に足を伸ばし、歴史ロマンを満喫して自然を堪能し、心を洗浄したいものだ。

長浜市木之本の紹介

Post2010.08.04    Category湖国の紹介

長浜から北国街道を北に進むと北国脇往還と交わる地点が宿場町・門前町の木之本である。

日本三大地蔵尊のひとつ木之本地蔵尊、秀吉公が天下人の足がかりとした賤ケ岳合戦の古戦場跡等の観光名所の他、街は本陣跡やうだつのあがる町並みが続いていて、今も古(いにしえ)の文化の名残(なごり)を漂わせている。




来年のNHK大河ドラマに決定されている「浅井三姉妹」の舞台になる、浅井長政の居城であった小谷城は、木之本から車で10分程の距離にある。

現在は土塁・曲輪や石垣などが遺溝として残っており、正に「夏草や兵どもの夢の跡」になっている。




木之本には秀吉公の時代より古い創業(1550年ごろ)の造り酒屋が2社ある。
日本で5本の指に入る歴史を持ち、地酒、銘酒を造り続けて来ている。

富田酒造の「七本槍」は大正時代、北大路魯山人が逗留し愛飲したとして有名であり、山路酒造の「桑酒」は島崎藤村が食前酒として愛したとされている。





木之本は絹の生産地としても有名であった。
その絹を使って琴糸、テグスが製造され、明治時代から産業の中心にもなっていた。

丸二テグス鰍ヘ大正時代ではテグスのマーケットシェア全国一を誇り、世界各国に輸出されていた。
現在も操業されていて創業100年を誇っている。





その他特産品として、秀吉公も好んで食したとされる「鮒寿し」が挙げられる。

発酵保存食としての「なれ寿司」の一種で珍味としても重宝されていて、滋賀県全体の特産品としても有名である。




歴史の宝庫・長浜市

Post2010.07.28    Category湖国の紹介

今回からニューカテゴリー「湖国の紹介」で滋賀県長浜市を紹介させていただきたい。

日本歴史上、最も激動の時代と言える戦国時代、時代の寵児となった豊臣秀吉とは長浜市はゆかり深い土地である。

秀吉公が初めて一国一城の主(あるじ)となった長浜城は正に出世城だと言える。

年貢免除等の都市経営が功を奏し城下町として発展して、さらには北国街道の宿場町、大通寺の門前町、びわ湖の港町など多様なイメージを持つ街として栄えた。




かつて北国街道は中山道と北陸路を結び、多くの武将、商人が往来していたものである。

街の中でその北国街道と大手門通りが交差するところが「札の辻」と呼ばれ長浜の中心地であった。




明治33年にこの「札の辻」に第百三十銀行長浜支店が建てられ「黒壁銀行」「大手の黒壁」の愛称で人々に親しまれた。

建物は様々な変遷をたどるが、平成元年に古い歴史と芸術的なガラス文化を融合し、「黒壁ガラス館・黒壁1号館」としてオープン、長浜の街づくりの中心的存在となった。




現在はこの黒壁1号館を中心に、約30館からなる総称「黒壁スクエア」を形成して、さらに江戸から明治にかけての和風建造物が立ち並ぶ情緒あるまちなみとなっている。



以前、日経産業消費研究所調査による「魅力ある街として専門家が注目する上位17地区」の第1位に長浜・黒壁スクエアが挙げられ、街づくりの成功例として長浜市はその名を馳せている。

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